2005年05月29日

笑う

じゃりんこさんの『雑誌ビッグイシュー24号「笑いは人生を変える!」』
を読んで思い出したことをいくつか。

ビッグイシューには前から興味を持っているのだけど
以前、用があって、時間がなくて大急ぎで淀屋橋を歩いている時
ビッグイシューを売っている人がいたのだけど
気になりつつも通り過ぎてしまって、それからは出会えてないので
まだ読んだことはありません。から、そのことじゃなく^^;

笑いの話。
「ライフイズビューティフル」はすごくすごく好きな映画です。
『死』を目前にした時にどんな態度でいられるかというのが
私の中で大きなテーマとしてあります。

別のサイトでも書いたけど私の父は亡くなるその日まで
直前まで笑わそうとしてくれたし、笑っていた。
もうすぐ別れが来るということは1年以上前にわかっていて
お互いにつらく悲しい涙を流したこともあったけど
意識がなくなったり戻ったりの境をうろうろしてる日に
表情やしぐさで笑わせてくれた父は
根っからのサービス精神旺盛な陽性の人だったんだろうなぁ。

湘南の歌詞の中に
「命燃え尽きるまでの生き様知るのは自分だけ」っていうのがある。
どういう風に生きていくか、死を迎えるか
自分の人生を、楽しんで見届けたい。

「笑いは人生を変える!」かどうかわからないけど
笑いのある人生と無い人生はやっぱり違うだろうな、と思う。

ビッグイシューの話からずいぶんそれてしまったので
トラバはせんとこ^^;
posted by ぴよ♪ at 09:30| Comment(4) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月23日

思い遣る

いつもこっそり覗いては元気をもらっている、
心の栄養ドリンクのようなしんぞぉのおんなあぶ先生のぶろぐ。

この日もまた格別に気持ちのよさを味わわせていただいた。

素敵なお医者さまたち。
こんな方たちに診てもらえたら最高だなぁ。

ブログを通してでも、そんな方たちを知ることができて
今日は朝から心がさわやかで、あったかい。

感謝。続きを読む
posted by ぴよ♪ at 07:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月09日

背負う

事故の記事に対するみれ〜たんのコメント
このところずっと心に残ってました。
>会社を背負って立っているのなら
>せめてまっすぐ前を見て、心をこめて、真摯に

何かを背負うという気持ちはすご〜く大事だということ。
まず一人づつ全員が「自分」あるいは「自分の名前」を背負ってる。
自分を貶め辱めることのないように、ということを行動の指針にする。

「家族」を背負ってる。
大黒柱である一家の大人はもちろん、子供だって卑怯なことをすると
「親の顔が見たい」といわれる。「○○さんちの」を背負ってる。

「会社」を背負ってる。
そんなものはいらないという人もいるかもしれない。
「俺がやったんちゃうもん」という人もいるかもしれない。
でもせめて自分の所属するところに責任を持つことによって
伸びる背筋、潔さ、本当の意味で生きてくる反省があると思う。

「誰かのせい」「人のせい」じゃなくて自分に返す。
間違いを繰り返さない本気の姿勢で見直したい・・・

何かを背負ってるという意識が望ましい態度にさせてくれるってこと
多いんじゃないかと思うのですよ。

厳しいけどね。
しんどいけどね。
目指したいと思うのですよ。。。
・・・だんだん弱気^^;
posted by ぴよ♪ at 20:58| Comment(3) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月06日

その後

ほかの地域ではJRの事故の番組や記事は少なくなってきてるのでしょうか。
地元ではまだまだ痛みは大きく、報道も続いています。

救助活動しないで出勤した人とか
まだ救出されてない人がたくさんいたときにボーリングしてたとか
悲しい、無念な、なんやねんそれ!な恥ずべき情報も聞こえてきます。
JRの体質は責められてしかるべきだと思います。

・・・・・

だからって

・・・・・。

報道陣の記者会見の言葉は(ある一部の人でしょうが)
はっきり言って不快です。

ボーリングのことを謝らせるために、
夜中の12時に社長が出て来なあかんやろか。
もちろん、雪印の社長じゃないですが
寝られへんのは被害者の方で、
責任者がのうのうと枕を高くして寝てるわけにはいかんやろけど

当然のことながら謝罪に行ったはるやん。
今後の対策も話し合ったはるに決まってるやん。
それが必要なことでしょう。

責任追及、してください。
だけど昨日の夜中じゃなくて、今日でもええんちゃうん?

仕事でミスを犯した社員に対する制裁が
ミスをなくすための技術練習をさせることじゃなくて
ごめんなさいレポートや草むしりとかだったりしたイジメと
夜中の12時に社長をタメグチで呼び出す記者の、どこがちがうのか。

1対1でもそんな口のきき方をするんだろうか。
バックに会社や記者仲間や
味方になってくれる読者視聴者がいるという意識が
尊大な態度を取らせてるのか。

もっと、人間としての尊厳を
一人一人がお互いに大事にできたらいいな、と思う。
一人一人の命を軽く見てしまったJRも、
報道する側も、見る方、聞く方の一般市民も。

なぜ信楽からの反省で体質改善ができなかったのか
なぜJR社員が人として当然の態度ができなかったのか
これから具体的にどこをどうしていくのか

亡くなった方、遺族、怪我をされた方やその御家族の事を
強く強く念頭に置きながら、きっちり補償、
今後の安全の徹底、それをバックアップできる社会に
なったらいいなぁ、と思う。
posted by ぴよ♪ at 14:43| Comment(3) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月27日

美徳

今日、お友達(のお父様)が言ってたことがとても心に残りました。
昔はひとつの食べ物を二人で分けるとき
半分に割った小さい方を自分が取り、
大きい方を相手に差し出すのが常識だったってことから
日本人の持っていた美しさについて。

私は坂本竜馬(特に司馬遼太郎さんの描いた竜馬像)が好きなのですが
竜馬の言葉に「われ死するときは命を天に返し、高き官に就くと思い定めて
死を恐るるなかれ」と言うのがあって(辞世の句?)
私の思考にとても強く影響していると思います。
今回の事故のように理不尽に命を奪われることに対してじゃなく
ことに当たっての腹の括り方というか肝の据え方というか。
日本人の生き方の指標みたいなものが
社会の空気の中にあったんじゃないかな。うまくいえないけど。

自分の仕事に誇りを持ち、丁寧にこなす玄人の技と姿勢
そんなのも日本人の持ってた美しさだと思う。
それが身につくまで親方が厳しく指導したり
下積みを長くさせて育てたりという風習があった。
もしそれがこの国で続いてたら、あんな事故も起こらなかったかも。

古きよき日本を復活させるというと抵抗のある人も多いだろうけど
だったら、零から考えてもいい。
人と共に生きてる、地球上で生かされてることを感謝する、
そこから始めて。
posted by ぴよ♪ at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月26日

事故

昨日のJRの事故。
涙が出て仕方がない。
三田にはお友達がいるのでその電車に乗ってなかったか
心配しましたが、無事でよかったー。
怪我の人がたくさん運ばれている兵庫医大は義父の最後の入院先で
頻繁に通ったところなので、よりいっそう身近に感じられます。

震災のときにできた医療連絡システム(正式名称がわかりません)
うまく機能したようでよかったです。
医療関係のみなさん、ありがとう、がんばってください。

亡くなった人にはご冥福を…。って、簡単には言いたくない。
朝「行ってきます」って出て行った人が
もう二度と帰ってこないなんて…きっとみんな、信じられない、
信じたくない・・・。

大怪我した人たち、心に傷を受けた人たちにも胸が痛みます。
未だに救出されていない人が早く、無事に助け出されますように!!
救出活動に当たる人もがんばったはる。
まだ10代の男性が電車の中に残っていらっしゃるって。
どうぞどうぞ、みんなの祈りが通じますように。

JRの対応ですが。
置石の可能性を声高に言う姿勢は駄目です。
まず、自分とこの責任でしょう。
スピードが出すぎていたことは多くの乗客が証言してるんだし
伊丹駅でのオーバーラン、運転士の若さ、経験のなさ
前にも訓告処分を何度か受けたこの人に
500人以上の命を任せてしまった責任、
人為的なミスがあったときに補えるシステムがなかったこと
事故が起こったときの車体の強度
などの方がこんな大事故に至ってしまった、
容易に推測できる原因でしょうが。
置石のせいだったら少しは罪が軽くなるとでも思っているのかと
怒りを覚えてしまうでしょ。
置石のせいにして逃げを打つような姿勢は許せない。
いったん全ての責を負う、だってどんなに譲歩しても
JRの責任がなくなるわけじゃないんだから。
逃げちゃ駄目だよ。大人の姿を見せてほしいです。

追記
10代の男性、救出されたようです。よかった!
posted by ぴよ♪ at 06:59| Comment(6) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月28日

え、そうだったんですか。からの数珠繋ぎ連想

昨日の新聞の書評で「自分の群像」という本が取り上げられていた。
(私はまだ読んでない)
主人公OLがボンクラ同僚に手を焼いているという話らしい。
で、その同僚クンの自己防衛システムが「え、そうだったんですか」
『そんな事実はついぞ知らなかった、知っていれば失敗はしなかった』
と暗に主張する言葉であると分析している。

それで思い出した、先週の日曜日のこと。
夫と買い物をしているとレジ近くで2歳ぐらいの子のお母さんが
1円玉を落とした。
子供はそれに気づいて1円を指差し、母親の服を引っ張るのだけど
親のほうは気づかない。その子の姿が可愛かったので
私が拾って「落としましたよ」と渡すと
「え、そうなんですか」と受け取って行ってしまった。
そばで見ていた夫がその母親のなぜかどこか不服そうな姿を見て
「ありがとうもなし?」と私に聞いてきた。
「ま、いいか、子供が納得したから^^」で終わったんだけど
彼女にしたら「たかが1円」だったのかもしれないし
気が付かなかったことを非難されたとでも感じたのか。
もしかしたら、ものすごく完璧な人で失敗なんか
したことがなかった人だったのかもしれない。
知らない人と会話するのは恥ずかしいと思ったのかもしれない。

公衆の面前といえば(ゆーてへんか^^;)
このごろ、返事をする人が少なくなったと新聞で何回にも亘って
特集を組んでいた。
私はできるだけ「ハイ」と言う。病院でも、市役所とかでも。
返事をしないのはキンカクギンカクに会った時ぐらいで(ウソデス)
返事をするのは恥ずかしいと言う感覚はあんまりなく、
病院とかで返事が聞こえないと看護士さんに何度も呼ばれることの方が
恥ずかしいと思うのだけど、呼ばれてから黙ってても行けばわかるやろ、
みたいな態度の人が多いのは寂しいな、と思う。

そういえば、この前、気持ちのよいオニイチャンを見たわ。
インフルエンザの長男と一緒に病院に行った時のことだったか
(記憶が定かではない^^;)
頭キンキンで肩で風切るような歩き方のオニイチャンが
「ハイ」と(ちゅうか「うぉ〜い」みたいな^^)返事して診察室に入って
清算した後も「ありがとうございました〜」って出て行ったの。
たぶんガテン系の仕事の人だと思った。
いいもんです。かっこいいです。返事やお礼を口にする。
気持ちの交流が心を温かくさせてくれた。

「ごめんなさい」を言えない人も多い。年代にかかわりなく。
自分の行動の結果起こってしまったことに責任を持ち逃げずに
解決しようとする意思をごめんなさいで表すのが理想的。

最近読んだものの中に
「ごめんなさい、私にはこれ以上育てるのは無理」と
子供を置いて実家に帰る親の話があった。
自分の意思を持ち親の言うことを聞かない子供を育てることを放棄する
でも逃げられないのが肉親の絆のはずと言う要旨だったと思う。
今見えてることだけが最終的な結果ではない。
見えないところに逃げても、その子はまだ生きていってる
自分のやったことは丸ごと受け留める覚悟で生きていきたいなぁ。
posted by ぴよ♪ at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月22日

機械

私が留守の間に長男が借りてきたDVDを父親と二人で見て
「めっちゃおもしろかったで。見て!」というので
久しぶりにゆっくり映画(DVD)を見ました。

「i ROBOT」

まず、30年後という設定がキツイなぁ、と思ったんだけど
そこにも(私が)思ってるより進みすぎている科学技術があるということ
ありえない近未来ではないという怖さを表す意図があるのかも。
ロボットが意思を持って人間という種を維持させることを中心にして考えると
家から出さず、人間同士の接触を絶つことが一番いいと判断したのか。

昔子供達と見た「勇者警察ジェイデッカー」(ラスト近くはわけわからん展開になってた^^;)で
宇宙人(^^;)が人間を精神浄化させて感情を奪い、争いをなくして
地球を守ろうとするという話があったのを思い出した。

うまく書けないんだけど、私の頭の中では繋がってるんですが^^;
人間は意思、心を持つ。
人間が作り出した、無機物を合成したものには本来感情は宿らないと考えるのが
一般常識だと思う、ということをふまえた上で
それでも度々、私は無機物の気持ち(♪)を感知することがあるのです。

MICさん時計さんは嫉妬させるとまたがんばって動き出さはるそうです。
うちの物たちは他のものに気を移すとすぐにあきらめちゃって
前より調子悪くなったり、全く使えなくなったりします。
だから「あ〜、もうあかんのんちゃうん」と口に出してしまったら
「わー、うそやで、うそやで。がんばってるやんな、ええ子やんな」と
撫で撫でしとくのです。車、パソコン、電子レンジ、炊飯器などなど・・・
するとなんとなくほんまに元気になったりすることもあるのが不思議です。
posted by ぴよ♪ at 07:26| Comment(2) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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