2006年11月13日

izime

いじめちゃいけない。
いじめはなくならないなんて
大人が肯定しちゃいけない。
いじめは悪なんだ。
感情を自分でコントロールできるような人に
育てていくのが教育だ。

そのてんびんの反対側で
どんなことがあっても
耐えたり、気持ちややり方を方向転換、変換して
屈することのない
強い心を育てることも教育だと思う。

「悪」だとまでは思わず軽い気持ちで気づかずにやってる人もいる
だから声を上げて「いやだ」と言おう。
言われた方はそこで切れたりせず
素直にすぐに気づいてその行為を止めよう。

いじめる行為は汚い。絶対醜い。醜い部分を晒すのは恥ずかしい。
恥ずかしいところは隠せ。
感情を抑える訓練をする。
あるがままの姿がいいからって
真っ裸で町を歩くことはできないでしょ。

学習しよう。
誰も被害者にも加害者にもならないように。
posted by ぴよ♪ at 08:47| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月15日

あくい

ブログを続けることにしたのは

さりげない悪意、気遣いのなさに負けたくなかったからかも。


めんどくさくなったりする・・・




ちょいと引きこもり生活へ^^;
posted by ぴよ♪ at 06:19| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月30日

教育基本法改定のことなど

どこで書こうかと迷いながら、しゅーさんのところに書いたものですが、
より自由に考えるために自分ちに持って帰ってきました。
(誤字脱字は修正しましたm(__)m)

問題のひとつは、本来家庭や地域、学校で教育するべき心の持ち方を
国家が方向づけてもいいものなのかどうかってことですね。

今の社会はどうもおかしいと声を上げている人たちはたくさんいます。
現実に日本の伝統的な家庭の形とか縦の流れでつながってきた教え、
社会的なルール、常識が寸断されて、このまま何もせずにいると
将来の日本(国を形成する一人一人の集まり)が危ない。
どこから手をつければいいか。
教師や親の話を聞くのは当たり前と思えない子供を減らそうと思ったら、
少なくとも今のままではいけない。
でもこうしている間にもモラルの低い大人が(あるいは大人になりきれていない人でも)
親になってしまって、きちんと家庭で教育されないままの子供たちが学校に入り、
勉強の意味もわからないまま社会にあふれ出し、また親になる。
とにかく動き出さなくてはと私も感じます。
教育基本法の改定は「想像力を働かせて起こす」ひとつのアクションだと思います。

「愛国心」という言葉の方に世間の耳目が集まっているようですが
現行教育基本法と比べて「共生」を意識させる新案を、私は評価します。
「自他の敬愛」という本来国が明文化するまでもない基本的な感情さえ
もてない人が多い現状では
社会秩序の持続も危ういのではないかと考えられるのです。


そうして、前に前に向かう力が働く時には、ちょっと待って、もっと考えてと言う声を
あげる人の存在が絶対必要です。そういう声を考慮に入れ、抗いながら、引きずりながら、
少しずつでも動いていくけれど、全体としてバランスが取れるという状態がいいと思う。


今回、教育基本法について調べてみて「わが国と郷土を愛する」自体に反論している方がたくさんいることがわかりました。
これが戦争に直結するという文章に多く出会いました。
そこから私とは考え方が違うんだなぁ。。。
最終的には反対する人の声の方が大きくなって改正案が通らなかったり、
案が通っても私が今考えてるより強く縛られることになったとしても
「一切空」が結構大きく私の頭の中にはあるので決定事項は受け留め、
その中でできることを探し足掻くことになるかもしれません。

人間は一人で生きてるんじゃない、お互いに助け合って生きてるんだ
だからうまく支えあって生きていくための心の持ちよう、ルールは
ある程度必要だと感じています。
だけど今巷には犯罪のニュースがひっきりなしに流れている。
「豊かな情操と道徳心」「自他の敬愛」が一人一人の中に育てば
少しは生きやすい世の中になるかもしれない、と思うのは現実離れしてるでしょうか。

何年もずーっと思ってた。今のままではダメ。
道徳の時間をほかの教科に振り替えて学校で道徳を教えなくなってきた。
個人の価値を尊び、我が子よりも自己実現を重要視する人が増えた。
家庭の教育力が落ちてきた。
どうやったら「共生してるんだ」と意識できるだろう。

講演会、懇談会、新聞、書籍、TV、インターネット、いろんな方法があるけど
本当に意識してほしい人はそんな話題には触れようとしない。
いつ、どの時点なら耳が開くだろう。
誰もが受ける(はずの)義務教育の頃ならいけるだろうか。

一人一人の力は小さくても、何もしないよりはましなんじゃないかぐらいの気持ちでいたけど
みんなが見るところ(法)に目標を掲げることで「人としてのいいかたち」がはっきりすることは、私はいいことだと感じる。・・・情操豊かで道徳心を持った、自分の立ち位置である「国」を大切にする姿を、おかしいと思う人もいるようですが。。。

・・・
実際具体的に行動するのは担任で、「豊かな情操と道徳心」をどう育てるか
どれだけ期待できるかはわからないのだけど。

もし「今のままでいい」という人の声の方が大きくなって改正法案が通らなかったとしても
これを機会に誰が何をどう変えていけばいいか、考える人が増えるといいな、と思います。

資料 http://seijotcp.hp.infoseek.co.jp/edu.html

posted by ぴよ♪ at 09:09| Comment(6) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月26日

無精者

昨日は、ほぼ1時間同じ姿勢で掃除をし続けたのでめちゃめちゃ腰が痛い。
取り掛かるまでは気が進まないことも
次にまたやる気を起こすのは大変だと予測がつくから
やり始めると徹底的にやる。で、しんどいけど、出来上がりには満足。
でもやっぱり、たのし♪くはないかも^^;

最近ちょっと楽しかったのは長男の中間テスト勉強の数学。
あはは。私の数学能力はずっと公立高校受験レベルだと思ってたけど、
高校基礎数学レベルになったかも^^
自分が現役高校生だった頃、2年では何をやってたんだろう?数UB。
どんな先生だったかも思い出せない。
物理とか国語の先生とかはしっかり覚えてるのになぁ。
物理の先生は好きだった。現国の先生は苦手だった。古典の先生は好きだった。
担任は地学だった。
やりたいことがいっぱいあった私は
日頃からきちんと予習復習ってタイプでなく
試験前にだだっと一夜漬けという奴だったので
教科が多くてやっぱり間に合わない^^;
一つか二つだけなら極められそうなのになぁと思ったことがあった。
(ただの言い訳^0^;)

現国の問題集を見てみた。問題に使われてる文は読んでるだけでおもしろい。
なのに問題を解いてみると正解にならなかったりして
「え〜。これでもあってるやん!なんで同じ様なこと書いてるのに
その部分でないと点にならんの?紛らわしい答があるような問題が悪い。」
「お母さんまたテキストに文句ゆーてるー」と息子に笑われる。
現国の問題を解くのは楽しくない。(^^;

長男は時々、私がよくいるリビングでテスト勉強してることがあるので
置いてある教科書とかを見て私が勝手に問題を解いてみる。
他のことは何もせず、これだけを続けられたらいいのに。
藤原正彦さんが「今日は12時間、数学の問題を考えられる、って日はうきうきする」
というようなことを書いておられたと思う。
わかる気がする。数学じゃなくても、興味あることに没頭できるのって幸せだな。
うむ。きっと、はじめると掃除だって楽しいに違いない。(難)
今日は他にもやらなくてはいけないことがあるんだし
さ。奮起して始めよう!(いやいや〜^^;)
posted by ぴよ♪ at 08:30| Comment(2) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月15日

めも

下に書いた>修正しようとも広げようともしない頑なところ
から連想して前からいつも気になってる「受け皿」について
もっと考えたいことがあるんだけど

時間がないので、書きたかったってことだけ忘れないように
めもめも。
posted by ぴよ♪ at 20:57| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

頑な

母の何が苦手なのか

人を人として尊重できないところ

偏見で決め付けて、柔軟に考えられないところ

人を傷つける発言は想像力の欠如からくる

それを修正しようとも広げようともしない頑なところ


それでも、100点の人がいないように

0点の人はいないから

「大好きな母」とはいえなくても

いいところも知ってるから

また

電話をかける。

会いに行く。
posted by ぴよ♪ at 09:26| Comment(4) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月10日

記憶

洗濯物を片付ける時、ほとんど毎回思い出すことがある。

昔々見た意地悪ばあさんの4こま漫画で
泥棒に入られて後ろ手に縛られたばあさんが
泥棒が家捜しする様子を見て
「あーあー、ド素人だねぇ
玄人は引き出しを下から開けていくんだ
そうすりゃ手間が省けるだろう
この前入った泥棒なんざ胸がすくようだったねぇ」といって泥棒を怒らせ、
最後のコマでは頭にたんこぶができてて
おまわりさんが「殴っていくなんてひどい泥棒だ」みたいなことをいって
ばあさんに同情してる

洗濯の度に毎回、ってことはもう何千回も繰り返され、
消えにくくなってるんだろうなぁ。こんな記憶が^^;(ぷぷ)

小学校の時に友達と3人で、うちの家でクリスマスケーキを作ったことがあった。
その時に私の母が「卵を割ったら殻にくっついてる分までちゃんととらないと
分量が違ってくるよ」みたいなことを言ったらしい。
それを友達のひとりが覚えていて、数年前に、十何年かぶりで会った時
卵を割る度に私の母のことを思い出す、といってた。
私は卵の話はまったく覚えてなかったんだけど、彼女にはしっかり残ってたんだ。

同じ場面を経験しても、人によって記憶に残るものが違うってのもおもしろいし
その内容もこんな些細なことだったりするのが面白い。


私がもっと年取ってもっと呆けてきても(今でもソートー呆けてますが^^;)
この意地悪ばあさんの記憶はしっかり残ってて
もし泥棒に入られたりしたら思わず「あーあー、ド素人だねぇ、この人は」
なんて口走って、どつかれるかもしれない^^;
posted by ぴよ♪ at 06:45| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月03日

夢の話

私は考え方としての宗教が好きだけど
科学信仰も結構ある方だと自分で思う。
科学的に説明できにくいことをすんなり納得してしまうタイプではない。

けど 合理的な説明がつかないようなことは
絶対信じないってことでもない。

この前、幼馴染のTと話していて不思議なんだけど
すとんとなじめた話

Tのお母さんが2年前に亡くなってしばらくしてから
家で一人でうとうとしていて、もうそろそろ起きなくちゃと
思ってるんだけど体が動かなかった時に
お母さんの「○○!早く起きなさい!」という声が聞こえて目が覚めた。
それは、本当に生前そのままのナマの声のように聞こえ
Tにはいつもしゃきしゃきしていたお母さんに
「まだまだやることがあるよ、がんばりなさい!」と
檄を飛ばされたように思えたらしい。

その1年後にお父さんの病気がわかり、Tは本当に一生懸命看病した。
この春、お父さんが亡くなった少し後にまたまどろんでいるとき
今度はお父さんの声が「○○、ありがとうな」と耳元で聞こえた。

お別れに来てくれたんだなぁ、って感じを私も共感することができた。


私の夢の話は
父が亡くなった後

なくなる数日前まで、自分で歩き、私と冗談をいい合い
一緒に桜を眺めた父が死んじゃったということが
頭ではわかってるし、いなくなって悲しい気持ちもいっぱいだったけど
かなしいとか、さびしいとか、こわいとかの言葉ではわかるんだけど
『死ぬほどしんどい』って、どんなんなんやろう?って、わからなかった
自分の命の終わりに向き合う気持ちっていうのがわからなかった

そんなことが頭にあったから、自分がイメージを作り出したのかもしれないんだけど

亡くなってしばらくしてから、父が夢に出てきてくれた。

はるか眼下に激流の見える川に丸木橋がわたしてある。
立って渡るなんてとてもできない丸太ン棒に
父はしがみつきながら四つんばいで進む。

「お父さん、どうしてもこの橋わたらなあかんの?」
私の言葉は声にならない。
父は無言で進んでいく。

「怖い」

私は日ごろ高所恐怖症でもないしジェットコースターも嫌いじゃないから
こんなものすごく怖くて心細い思いはしたことがなかった。

その時に、これが夢だということがわかった。
教えに来てくれたんだね、お父さん
どんな気持ちだったか、体感できたよ。

いろんなことを教えてくれた父の、最後の教え。
その後だって父の教えてくれたことを思い出したり
残してくれた本で学んだりすることはあるんだけど

この夢のおかげで、一度経験した気になって
恐れがなくなったような気がする。
いや、もし、いざ現実となったら
どう変わるかわかんないけどね^^;
posted by ぴよ♪ at 18:57| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

う〜ん

難しいなぁ、裁判員制度。
PTAや子ども会の役員でさえ
絶対やるもんか、と決めてかかってる人も多い今の日本で
自分で判断したことで他人の人生のある部分(あるいは方向
あるいは全て!)が決まってしまうという
責任の重さに、しり込みしてしまう人は少なくないと思う。
それでも選ばれたら受けなくてはならないのですね。

アメリカとかには何となくでも(よく知りませんが^^;)
キリスト教の精神が判断基準のようなものになってる人が
多いのではないかと思うのだけど・・・
それでもマスコミとかの情報によっても左右されることもあるだろう…。
今の日本で、外部からの情報を、入れるならできるだけ公平に集めて
入れないなら純粋に自分の思考の中で選んで
判断しないといけない。。。

できるんだろうか。

もしも何かの間違いで自分が裁かれる方の立場になってしまったら
(つい先日も普通に通勤していて痴漢という犯罪者に
なったのか、されてしまったのかわかんないけど微妙な事件がありましたよね。)
一般市民のみなさまの判断に、自分の人生をお任せする勇気があるだろうか。
ってか、なくてもしなくちゃいけないときはいけないんだろうけど。


平成21年からですよ。
私になんてできませんよぅ!とは言えないようですよ。
http://www.moj.go.jp/SAIBANIN/

>殺人,傷害致死などの重大事件の刑事裁判で
>裁判官と一緒に裁判をするという制度です



正直な感想

・・・怖いってば・・・(>o<;)

(これについては、ず〜っと頭に残ってることなんで
また書くと思いますです。)
posted by ぴよ♪ at 07:17| Comment(3) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月21日

かえるとえらぶ

私より少し若い友達と話していて
「結局性格って、変わらんと思いません?」って聞かれた。

変わろうとする人は変われるんじゃないかなぁ、と答えた。
話はそこで終わったんだけど、それからちょっと考えた。

変わるというか いろんな考え方があることを知って
選択することができるようになるんだと思う。
頑なに自分はこうだ、と決めないで
最初に思い浮かんだ考えだけを支持するんじゃなく
その場の状況や他の人の気持ちを斟酌して行動に移す。

気持ちに余裕があるときは考えたり選んだり、
瞬時にできることがある。
視野狭くひとつの考えしか浮かばず、その行動しか取れないのは
頭が柔らかくなれない時。
柔らかさは経験と、それを受け留める度量で変わってくる。。。

一人の人でも時と場合によって余裕ができたりなくなったりする。




また別の視点から見ると
変わったか、変わってないかも評価する側によっても違うし



できるだけ心に余裕を持っていつも
自分を客観視して行動を選べる人でありたい。
posted by ぴよ♪ at 14:29| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月03日

助さん格差ん

今日の新聞に元弁護士の衆議院議員さんが寄稿していた。

格差批判の裏に拝金主義はないかという記事。
ところどころ引用(本当は全体を読むべきですよね。すいません)

(前略)
『日本が目指すべき「小さな政府とは何か」(略)
自助、共助で格差を埋められる社会であり、さらには「格差」を格差と感じない社会である。
(略)所得格差を国の力で埋める考えは社会主義的発想にほかならない。
所得がすべてではない。精神的豊かさで他に優越すれば、所得格差は決定的格差ではない。(略)
ではどのようにして道義大国としての「小さな政府」を目指すのか。
突き詰めれば「モノに対する精神の優越」「公の精神」「道徳」などを教える国民教育である。
戦後六十年の間に徐々に失われ、いまや瀕死の状態にあるこの価値観を、
教育改革によって取り戻す必要がある。
回復には同じぐらいの年月がかかると覚悟のうえでである。
(後略)


略した部分の中で任天堂の創業者が私財七十億を京大病院の病棟建設に投じた
ということが紹介されている。
以前も建設費二十一億円を文化施設に寄付しているらしい。
「社会にその富を自分の意思で還元する社会、そのような人が賞賛される社会(引用)」が
いいな、と私も思う。

「マスコミの扱いは大きくなかった」と書いてるけど
賞賛は漣のように囁かれるのがかっこいいから大きくなくていいのかも。


今の社会で生きていくのにお金は不可欠でありがたいものだけど
誰にとっても何がなんでもそれが第一ってことはないと思う。

収入の多寡に依らず、足るを知って
褻の日が普通で、たまに晴の日があれば喜んで
人と比べず、自分自身が精一杯生きていれば
人との差なんてそんなに気にならない・・・
そんなのがいいな。


*************
この日のこの新聞には他にも
養老さんの「適切な発言は難しい」とか
論説委員の人の「仕事は面白がってこそ」とか
曽野さんの「侮辱を受けて耐えられるか」とか
面白い記事がいくつもありましたです。
    ぴよ♪@新聞好き
posted by ぴよ♪ at 23:20| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

えんめいそうち

前にも書いたことのある話だけど・・・

次男が小一の時、骨折して1日だけ入院したことがあった。
急だったので部屋がなく、今にも命の灯火が消えるかというような
おじいさまと相部屋になった。

おじいさまは腹水を抜くチューブと人工呼吸器をつけられていて
ほとんどの時間、意識なくぐったりしてるんだけど
ふと気づいた時に力を振り絞って自力で呼吸器をはずす。
度々見に来る看護婦さんが「はずしたらあかんよぉ」といいながら
またつける。しばらくするとまた自力ではずす。
いたちごっこ(という表現はいかがかと思うが)。

家族の人が呼ばれ、集まってるという状況は
普通個室に移されて他の人の目には触れないはずだと思うんだけど
その日、私の目の前にあった。


延命装置をはずしたお医者さんの事件が世間を騒がせている。
一人一人の考え方、家族の思い、繋がり方、それぞれ違うだろう。
大切な人の命の終わりは、どうしたってつらいから
何が正解かなんてわからない。

ほぼ似たような話を別々の友達から聞いた。
お父さんが急に倒れて意識不明で病院に運ばれた時
家族全員うろたえて「できることは何でもしてください」と言った。
延命装置がつけられたけど意識はずっとない。
苦痛に顔を歪めるお父さんに何もしてあげられないまま
ただ心臓が弱っていくのを待つ状態だったって。

私の友達は両方ともそのままお父さんを亡くされたけど
同じような状態でも奇跡的に意識が回復したって人もいるだろう。


身内がぎりぎりの状況になったら、なんて考えたくないことだけど
日ごろから家族でちょっと話していれば
いざという時の選択に、参考になることがあるかもしれない。
posted by ぴよ♪ at 22:29| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月29日

(書き換え篇  ^^;)


他者の痛みを自分のものと感じ
憂うのが優しいってことなんだね。


芯から優しい人になりたいと思う。

posted by ぴよ♪ at 15:55| Comment(2) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月27日

誇り

職業に貴賎はないってこと、
もっとアピールするとどうなるんだろう。
大学進学率が伸び悩むだろうか。
勉学に対する向上心をなくす子が増えるだろうか。

どんな職業でも、自分が
好きだったり、
一生懸命になれたり
充実してたり
極めようとしたりするなら


仕事ってのはきっと、
だれかのためになって成り立つもんだと思うから


収入の多寡、肉体労働か、頭脳労働かなんてことに拘らず

誇りを持って、自信を持っていればいいと思う。


一人一人が仕事をすることで社会が回ってるんだから
どんな仕事であれ、感謝とか尊敬とかの気持ちが湧いてくる。

みんながそういう風に思い合える社会なら
ニートも、もしかしたら減るかもしれない。
(そんな簡単なものではないってこともふまえたうえで。)
posted by ぴよ♪ at 22:34| Comment(4) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月22日

小学校5,6年の時の担任には結構大きな影響を受けたと思う。
大学を出たばかりのお兄ちゃんで、
高倉健さんのポスターを部屋に貼ってるような人だった。
卒業前「ドラマチックなる人生を歩もう」とサイン帳に書いてくれた。
3度結婚して、今の奥さんは最初の教え子の私たちより若い
何度目かの教え子・・・と、自分自身がドラマチック(^^;)な人生を歩んでる。

その年の通知表は5段階とか3段階ではなく
教科ごとにはコメントがついていて
単元ごとにいくつかの観点でできたかできないか、
○がついてるかついてないかで評価を表すものだった。

国語のコメントのところに「本をたくさん読んでいるが頭の中だけで、
生活に結びついていない」と書かれていたことがあった。
その頃よく読んでいたのは主に幕末に関する本で
小学生だった私は総司や竜馬の生き方を、
どうやって今の私に結び付けるんだろう?と思っていた。


その後、時々その先生の言葉を思い出して、
本の中、歴史の中の、自分の好きだった人たちの
生き方や考え方に反するような行動をしていないかな、
せっかく読んだ文字を、感動した文章を
頭の中を通過させただけで終わってないかな、
と考えることがある。

できるだけ、できるだけ、
後悔のないように、
言葉、考えと一致した行動をとれるようにしたいと思っている。

そのときには辛いコメントだと思ったけど
その言葉のおかげで自分を時々戒めることができてる。
posted by ぴよ♪ at 18:52| Comment(2) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月21日

出発点

☆一枚のセーターがあるとする。

一人は「この色がいいんです」といい
ほかの一人は「この手触りがいいのよね」
また別の一人が「襟の形が私の持ってる大好きな服と同じなんです」と喜んだ。
それを見ていた一人が「みんなこのセーターのことがわかってないわ。
あんなびんぼったらしい服と一緒にするなんて、ひどい。」とあきれた。
また他の一人は「セーター自慢してるところが恥ずかしいよ」
別の一人は「いやな色だねぇ。糸も編み方もなってないよ」という。

一枚のセーター。いろんな視点がある。
自分の考えが正しくて他の人が間違ってるっていうのは不遜なことに思える。
全てを正しく知るなんてことは神にしかできないんじゃないのかな。
てか、感じ方の wrong/right って、何だ?^^;

☆「○家の品格」を日記のタイトルにしたら一気にアクセス数が増えてびっくり。
他の方の書いたものを見るとそれぞれの視点からの、いろんな読み方があるのだとわかった。
自分の思ったこととの違いを表現する時の言葉遣いがうまいなぁー、って人がいる。
配慮のある文章。日常生活でも、その立ち位置と視線は目指したいところです。


☆何年も駄文を書き連ねてきてますが、私の文章力のなさをフォローして
よくぞみなさん、行間のニュアンスを感じ取って読んでくださってることと
心の底から感謝いたしておりますです。
ひとえにみなさまの感受性に頼る読者に丸投げの、進歩のない文章ですいません。
私なんぞが外界に向かって発言することの意味の無さを恥じ、
数日、書いては消しを繰り返しましたが
フツーのおばさんもいろんなことを考えてるんやなと思っていただければよいかと
もうしばらく一億二千万分の一の脳を晒たり隠したりを続けますです(^^;)
気が向かれた方はお付き合いいただけるとありがたいと思います(ぺこり はぐ)
posted by ぴよ♪ at 10:31| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月20日

時間

「仕事、やめてもいいで」と
このごろ、夫が時々気遣ってくれる。

ケアハウスで、十分なケアを受けている母だけど
やはり外の病院に連れて行くとか買い物に連れて行くとかは
職員でなく私がしないといけないし
義母のこと、義祖母のこと、うちのことを
仕事の合間にこなすのは大変だなぁ、と思ってくれてるみたいだ。

仕事ね、おもしろいねん。
一つ一つの動きが滑らかになってきても
惰性で動いていたら失敗する。
気持ちのいい緊張感。
次は、次は、って頭の中で予測、計画立てながら動く

初めは失敗しないように、ってことばかり気をつけてた
少し慣れると他の人が動きやすいように、とか
天気や行事から予測を立てて物の配置や数を考えるとか
一日として同じ日はない。

何にでも深み、面白さがあることを自ら感じることで
他の職種、家事でもそうなんだろう、と想像できる。
感じられない人は感じられないだろうし、
想像できない人はできないんだろうな。

ってことで、仕事
夫の言葉をありがたく聞きつつも
人の足らん職場やしなぁ、すぐには無理やわ・・・。

もっとうまく時間使って
一定時間内にもっとたくさんのことをしなくちゃなぁと反省します^^;
(・・・ネットで遊んでる時間があるなら体動かせ!>自分)
posted by ぴよ♪ at 07:31| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月19日

やさしさ

もともとひとつのパターンの感情しか考えられないのに
それが相手や周囲を思いやる行動につながる、
そんな人はいる。
そんな人じゃない場合、人間関係を円滑にしようと思ったら
想像力が必要。

感情と表現のパターンはいくつもある。
今感じるひとつの感情をそのまま出してしまうんじゃなく
瞬間的に違うパターンを想像して
相手と自分に一番都合のいい方法を選択できればいいな・・・。
心の余裕があるときは比較的それがしやすいんだけど。。。

思ったことを何も考えず表出させてしまう無邪気さは
年齢、経験、訓練で抑えることができるようになるかも。
練習を積んで身に着けたい。

やさしさは想像力。
そして選択する能力。
posted by ぴよ♪ at 16:41| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人情

何か伝えたいことがあったとき
こういう言い方をしたらひっかかりを感じる人がいるかも
ではこう言ったら?悲しむ人がいるかも
この言葉では言いたいことが伝わらないかも

そんな風に書き手が、迷いながら選んで書いた言葉を
思いを巡らせながら読む。

言葉に書かれてる以外の部分を想像力で補う


誰かの心情にできるだけ心を寄せて
受け容れ、受け留め、共感しようとする。
その心のゆとりが

潤い。


posted by ぴよ♪ at 16:16| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月13日

かきっぱなし

☆国家の品格、隣のH市の本屋さんで買えました。
あかりちゃんが私に勧めてくれたわけがわかった。
ぴよ♪がぶつぶつ言ってる頃からいや、ぶつぶつ言い出すもっと前からの
呟きを聞いてくれてて、私の好きな考えの傾向を知ってくれてたのね。
室生犀星を置いたまま読み始めてとまらなくなって今半分ぐらい読んだところ。

☆室生犀星の方は初期の作品三つと詩を読みました。
「幼年時代」「性に目覚める頃」「ある少女の死まで」「叙情小曲集」
詩集よりも、詩的な文章で綴られた上記三作品の方が好きだと思った。

昭和生まれの私からすると明治大正なんてほんの少し前のことと感じる。
だって、その頃生まれてたおばあちゃんがまだ身近にいるんだもん。
その、ほんの少し前っていう程の隔たりしかない年数なのに
その頃の人の、なんて身近に「死」があったことか。
何気ないように見える日常の中での心の揺れ、
ひとつひとつの儚い命を見つめる作者の繊細な描写が美しい。

BUMP OF CHICKEN の歌詞に通じるものがあるよ
どこかからお叱りを受けるかもしれないような私の勝手な感想ですが^^

☆サッカー部員落雷事故訴訟で「落雷を予見する注意義務を怠った」と
最高裁は二審判決を破棄し、審理を高裁に差し戻したってニュースがありました。
私は法律には全く疎いけど、こういう記事を見るとうーん、と気持ちが澱む。
裁判の話のお医者様の例よりは落雷を予見して事故を回避できる可能性は
もしかしたら高かったかもしれない。遠くの雷鳴が聞こえてたらしいから。
もちろん、落雷にあってしまって大きな後遺症が残ってしまった少年は
ほんとにほんとに、つらいことだと思う。
でもなぁ・・・。こういうことがあると、ますますスポーツの指導者とか
特に部活の顧問とかになることに二の足を踏む人は増えるだろうなぁ。
この裁判が個人を標的にしているのでないことは少しは救いになる気がするけど・・・
そうやって、安全に暮らせなかったことに誰かが責任を持たなくてはいけないのなら
ただじっとしているしかない、ってことか。
こんな大きな障害を持ってしまったらあとの生活が大変でしょうってことは想像がつく。
だから何かあったときのために、スポーツ保険が掛けられてるんでしょうけど
それだけでは済まない、そういうことではないってことなんでしょうなぁ。。。

日米野球 疑惑の判定
勝てばいいってもんじゃないってことをアメリカ人はどう思うだろうか。
この勝ちはかっこいいもんじゃない、後味のいいもんじゃないという目で
全世界から見られることをどう思うだろう。
男は黙ってサッポロビール。(わからない世代も多数・・・^^;)
気持ち切り替えて、次のメキシコ戦、がんばれ!
posted by ぴよ♪ at 17:50| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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