2006年04月24日

う〜ん

難しいなぁ、裁判員制度。
PTAや子ども会の役員でさえ
絶対やるもんか、と決めてかかってる人も多い今の日本で
自分で判断したことで他人の人生のある部分(あるいは方向
あるいは全て!)が決まってしまうという
責任の重さに、しり込みしてしまう人は少なくないと思う。
それでも選ばれたら受けなくてはならないのですね。

アメリカとかには何となくでも(よく知りませんが^^;)
キリスト教の精神が判断基準のようなものになってる人が
多いのではないかと思うのだけど・・・
それでもマスコミとかの情報によっても左右されることもあるだろう…。
今の日本で、外部からの情報を、入れるならできるだけ公平に集めて
入れないなら純粋に自分の思考の中で選んで
判断しないといけない。。。

できるんだろうか。

もしも何かの間違いで自分が裁かれる方の立場になってしまったら
(つい先日も普通に通勤していて痴漢という犯罪者に
なったのか、されてしまったのかわかんないけど微妙な事件がありましたよね。)
一般市民のみなさまの判断に、自分の人生をお任せする勇気があるだろうか。
ってか、なくてもしなくちゃいけないときはいけないんだろうけど。


平成21年からですよ。
私になんてできませんよぅ!とは言えないようですよ。
http://www.moj.go.jp/SAIBANIN/

>殺人,傷害致死などの重大事件の刑事裁判で
>裁判官と一緒に裁判をするという制度です



正直な感想

・・・怖いってば・・・(>o<;)

(これについては、ず〜っと頭に残ってることなんで
また書くと思いますです。)
posted by ぴよ♪ at 07:17| Comment(3) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです。
どうにもこうにも統計の課題と数学の問題に手間取って、コーヒー飲みながら、ブログ回りしてます・笑。

裁判員制度は、心の準備はしておこうと思うのですが、もともとは反対の立場でしたので、どきどきしていますが、ある程度割り切ってもいます。

素朴に考えるとですね。例えば、僕が抽選でいきなり選ばれて、他人の職場でさあ働いてくださいといわれても、ちょーーっと無理(今日からあなたは○○高校の先生のTAとして頑張ってくださいとか、今日から大工見習いですとか)。普通の感覚で無理・笑。しかも、それが裁判所でなんてまーすます無理というびびり。でもですね。そこに場違いながらも一般市民がいるという構図自体に、何らかの効果はあるのかもしれない。プロだらけの現場に右往左往する素人がいる、しかも、それが国家権力三権のうちの司法機関のメンバーとして関与しているという、そういう在り方自体が、その後の日本の司法、政治、民主主義のあり方に影響を与えるかもしれない。と考えると、選ばれたら、淡々と自分の仕事だと思ってやるしかないのではないかとある程度は割り切っています・笑。

Posted by shooting_stars at 2006年04月27日 22:07
あ、短く言うと

なるようにしかならないと思っているみたいです、どうやら・笑。
Posted by shooting_stars at 2006年04月27日 22:10
♪しゅーさん
こんにちは^^)/
統計と数学ですか。しゅーさんとこの数学・・・うぅ^^;
がんばってくださいネ♪

裁判員制度ね、びびります。
中学生の頃に読んだ『12人の浮かれる男』(筒井康隆著。
『12人の怒れる男』のパロディー)が浮かんできます^^;
場違いな一般市民が誰かの人生に大きな影響を与えるってとこが怖い。
でもそれによっていい意味で
>その後の日本の司法、政治、民主主義のあり方に影響を与えるかもしれない
と考えれば、少しは前向きになれそうですね。

これからの人はみんな裁判員になる可能性があるのだから
今までより一層『フェア』な精神を養わなくちゃね、と
いろんな立場から考えられれば裁判そのものも社会もいい方向に進むかな^^
(希望的観測)

>なるようにしかならない
そうですね^^
一切空^^
Posted by ぴよ♪ at 2006年04月28日 17:24
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